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今回は、アジアのブータン王国 ( Kingdom of Bhutan )からのレポートです。
ブータンでの支援先である、タシガン州(Trashigang)サクテン村(Sakteng)の現地の状況、不足している物などをレポートしました。
このレポートを通じて、ブータンの村での暮らしや問題の一端を知り、日本からの支援品を通じてブータンの子供たちの将来の問題を解決するための1つの力になれば幸いです。

ブータン王国は、南アジアに位置する内陸国で、北は中華人民共和国、南・東・西はインドに囲まれています。
海に面していないため、貿易や交通の多くをインドに依存しています。そのため、学校の先生にもインド系の方が多いです。
国土面積は約3万8千平方キロメートルで、日本の九州とほぼ同じ大きさです。
ブータンの国土の大部分は、ヒマラヤ山脈にあります。
北部には標高7,000メートル級の高い山々が連なり、氷河(ひょうが)も見られます。
世界最高峰のエベレストは隣国ネパールにありますが、ブータンも同じヒマラヤ山系に属しています。
ブータンで唯一のパロ国際空港も、ほぼ富士山五合目と同じ高さの海抜2,235メートルの高地にあります。
パロ空港は、世界一着陸が難しい空港として有名です。
幅29m 長さ2,000m 弱の滑走路が1本だけあり、空港の周りはヒマラヤの5,000メートル超えの山々が迫っています。
空港には管制施設がなく、日の出から日没までの有視界飛行のみです。パロ国際空港へ離着陸できるパイロットは世界で数名しかいません。このため、ブータン国営のドゥルク航空(DRUK AIR)のみが、パロ国際空港に就航しています。
一方で、南へ行くほど標高は下がり、バングラディシュの近郊まで行くと、温暖で雨の多い地域になります。
狭い国土の中で標高差が大きく、気候も大きく変化します。
気候は大きく三つに分けられます。
北部の高山地帯は寒冷で、冬は非常に厳しい寒さになります。
中央部は標高2,000メートル前後の高原地帯で、首都ティンプーもここにあります。比較的涼しく過ごしやすい気候です。
南部はインドに近く、亜熱帯気候で夏は高温多湿になります。モンスーン(季節風)の影響で、夏には多くの雨が降ります。
ブータンは「森の国」とも呼ばれ、国土の約7割が森林に覆われています。
憲法で森林率を60%以上に保つことが定められており、自然環境の保護が国の方針となっています。
豊かな森林は多様な動植物を育み、ベンガルトラなどの希少な動物も生息しています。
地形が険しいため、大きな平野は少なく、川沿いの谷間に人々が暮らしています。
農業は主に棚田(たなだ)で行われ、米やとうもろこしが栽培されています。
また、水力発電が盛んで、山の急流を利用して電力を生み出し、インドへ輸出しています。

ブータンはヒマラヤ山脈の東側にある王国で、人口は約80万人です。山が多い地形のため、谷ごとに文化が育ち、小さな国ながら10〜20ほどの民族集団があります。
大きくは、西部のンガロップ、東部のシャルチョップ、南部のネパール系ローツァンパの三つが主要民族です。
セカンドライフの支援地域は、さらに東部のサクテン村です。ここには、ヤクを飼う遊牧民プロクパ(Brokpa)が暮らしています。彼らは標高3000メートル以上の高地で季節ごとに移動して、ヤクの乳や毛、皮を生活に活用しています。夏には、4000級の山の頂上で暮らしています。
言語は、公用語がゾンカ語で、政府や学校で使われています。チベット系の言語ですが、地域ごとに異なる言葉も話されています。
1949年までイギリスの保護領だった経緯もあり、教育では英語も使われるため、若い世代は英語を話せる人が多いのが特徴です。
サクテン村では、ゾンカ語ではなく、ブロクパ語(Brokpa)が、メインで使われています。ブロクパ語は、チベット・ビルマ語に近く、ヤクを放牧する人たちの子孫によって話されている言葉です。
宗教は、国民の約7割以上がチベット仏教を信仰しています。ブータンではチベット仏教(特にドゥク派)が事実上の国教的な位置づけにあり、国の政治や文化と深く結びついています。国王は仏教を守る存在とされ、僧侶(そうりょ)も社会の中で重要な役割を担っています。
チベット仏教は人々の日常生活にも大きな影響を与えています。多くの家庭には仏壇があり、毎朝祈りをささげます。町や山道にはマニ車(経文が入った回転式の筒)があり、人々はそれを回しながら徳を積むと考えています。年に一度行われる「ツェチュ」という祭りでは、僧侶や人々が仮面をつけて宗教舞踊を披露し、地域の大切な行事となっています。また、殺生をできるだけ避ける、自然を大切にするという考え方も仏教の教えに基づいています。
ブータンでは民族の多様性を持ちながらも、チベット仏教が社会全体の価値観を支えています。
経済の豊かさだけでなく、心の豊かさや伝統文化の継承を重視する「国民総幸福量(GNH)」という考え方にも、仏教の精神が反映されていると考えられています。

ブータン王国は、現在は立憲君主制(憲法にもとづいて国王と議会が役割を分担する政治制度)を採用しています。
2008年に憲法が制定され、本格的な議会制民主主義が始まりました。
国王は国家の象徴として重要な存在ですが、実際の政治は選挙で選ばれた首相と内閣が担っています。
現在の第5代国王は、ワンチュク国王です。2006年に父である第4代国王から王位を引き継ぎ、2008年11月6日に正式に戴冠式が行われました。
若くして即位した国王は、国民との対話を大切にし、地方を積極的に訪問するなど、国民に寄り添う姿勢で広く尊敬を集めています。
ブータンの国旗には、白い龍が描かれています。この龍は「ドゥルク(雷龍)」と呼ばれ、国の守り神とされています。ブータンは「雷龍の国」とも呼ばれ、龍は国の誇りと独立を象徴しています。
「こころの龍」という表現は、困難な状況でも誇りや勇気を失わない精神を表す言葉として語られます。
日本との関係で特に知られているのが、2011年の東日本大震災後の出来事です。
震災発生から約半年後の2011年11月、国王は王妃とともに来日しました。これは震災後、国賓としては初の公式訪問でした。
国会でのスピーチでは、日本人の冷静さや助け合いの精神を称え、「日本のこころの龍は決して折れることはない」との言葉で被災者を励ましました。この演説は多くの日本人の心に深く残り、両国の友好関係をさらに強めるきっかけとなりました。
ブータンの政治は、伝統文化を守りながら民主的な制度を発展させてきた点に特徴があります。国王への信頼を土台にしつつ、国民の声を政治に反映させる仕組みを整えています。精神的な豊かさを重視する姿勢と、人々の内面の強さを大切にする考え方が、ブータン政治の大きな特色です。
ちなみに、ブータンには信号が1つもありません。そのことも、ブータンという国の考え方を表していると思います。

ブータンの人口は約80万人ほどで、日本の地方都市と同じくらいの規模です。
国土の多くが山地のため、大きな工業地帯は少なく、自然環境を守りながら発展することを大切にしています。
ブータンの政府は「国民総幸福量(GNH)」という考え方を重視し、経済成長だけでなく、文化や環境、国民の心の満足度も大切にしています。
自然環境を生かした産業を中心に、持続可能な発展を目指していることも、大きな特徴です。
ブータンの経済は、主に「農業」「水力発電」「観光」の三つの柱によって支えられています。
第一に農業です。ブータンでは今も多くの人々が農業に従事しており、米、トウモロコシ、ジャガイモ、野菜などを生産しています。
山の斜面を利用した棚田も多く見られ、伝統的な農村文化が今も息づいています。しかし、平地が少ないため大規模生産は難しく、食料の一部は輸入に頼っています。
それでも農業は地方経済と人々の生活を支える重要な基盤となっています。
第二に水力発電です。ヒマラヤ山脈から流れる豊富な水資源を活用し、大規模な水力発電を行っています。発電した電力の多くはインドへ輸出され、これが国の主要な外貨収入源となっています。
水力発電は二酸化炭素排出が少ないクリーンエネルギーであり、環境を重視するブータンの政策にも合致しています。
一方で、経済が電力輸出に大きく依存している点は、将来的な課題とも考えられています。
第三に観光業です。ブータンは「高付加価値・少人数観光」という独自の方針を採用しています。
外国人観光客には1日あたり100米ドルの観光税(持続可能な開発費)が課され、この収入は教育、医療、道路整備、文化財保護、環境保全などに活用されています。
多くの場合、公認ガイドの同行が義務付けられており、観光客が文化や宗教を尊重しながら滞在できる体制が整えられています。これにより、自然環境や伝統文化を守りながら雇用を生み出しています。

世界幸福度ランキングは、国連の「World Happiness Report」に基づき、人々の主観的な幸福感を数値化したものです。その中で、ブータンは2013年に世界8位と紹介され、日本でも大きな話題になりました。経済規模が小さく、決して豊かな国とはいえないブータンが上位に入ったことは、「幸せ=お金の多さ」という考え方に一石を投じる出来事として受け止められました。
日本でブータンへの関心が特に高まったのは、2011年の東日本大震災後です。ブータンのワンチュク国王が来日し、「困難なときこそ心の中の龍を呼び起こしてください」と語ったスピーチは、「こころの龍」のスピーチと呼ばれて、多くの日本人の心を打ちました。この発言はテレビや新聞で広く報道され、「心の豊かさを大切にする国」というイメージが強く印象づけられました。
その後、「幸せの国ブータン」という言葉がメディアで頻繁に使われ、書籍や特集番組、観光企画なども増えました。日本では、長時間労働やストレス社会への反省と重ねて、「物質的には豊かでも、心は満たされていないのではないか」という問いとともにブータンが語られることが多くなりました。特に教育や地域づくりの分野では、ブータンの「国民総幸福量(GNH)」の考え方に学ぼうとする動きも見られました。
一方で、近年は「理想化しすぎではないか」という冷静な見方も広がっています。
若者の都市部流出や失業問題、経済的課題なども報道されるようになった事。
携帯電話の普及以降、幸福度ランキングの上位国ではなくなったこと。
などが、大きな理由として挙げられますが、今でもブータン = 幸せの国と考える人が多くいます。
日本におけるブータンのイメージは、「心の豊かさを大切にする国」「自然と共に生きる国」という前向きな印象が中心です。
実際にブータンを視察した印象でも、やはり仏教を心の中心に持った優しい人、シャイだけど人に配慮できる人が多い印象を受けました。
どの国に行っても、経済的・物質的な豊かさと、家族的・人間的な幸せについて考えることが多いです。
特にブータンでは、豊かさと幸せについて、深く考える良い機会でした。国に信号が1つもなく、民族の文化や伝統を大切にして、生きる人々は、私から見て幸せそのものに見えました。

ブータンは国民の多くがチベット系仏教(ドゥク派)を信仰する国で、宗教は暮らしや政治と深く結びついています。そのため国内には寺院や修道院が各地にあり、さらにブータン独特の「ゾン」と呼ばれる建築が発達しました。仏教建築は白い壁、木彫りの装飾、彩色された窓枠などが特徴で、山や谷、川沿いの景観と調和するように設計されます。
修道院(ゴンパ)は、僧侶が生活しながら修行・祈り・学びを行う場所です。山の斜面や谷あい、時には断崖の近くなど、自然と一体になるような立地に建てられることも多く、地域の人々にとって精神的な支えとなっています。内部には仏像、曼荼羅(まんだら)、色鮮やかな壁画があり、人々は参拝して平和や幸福を祈ります。祭り(ツェチュ)の時期には仮面舞踏などの宗教行事が行われ、村や町の人々が集まる大切な行事になります。
ゾンはブータンを象徴する独特の建築で、「寺院」と「行政の中心」を兼ねた城塞のような施設です。厚い石壁や高い塔、限られた入口など、防衛を意識した構造になっており、歴史的には外敵や内乱から地域を守る拠点でした。一方で内部には僧院区画があり、僧侶の祈りや儀式も行われます。つまりゾンは、宗教と政治が協力して国を支えるというブータンの伝統を、建物の形で表しています。現在も多くのゾンで、僧侶の活動と行政機関の仕事が同じ敷地の中で続けられています。
ブータンの仏教建築は単なる建物ではなく、信仰・歴史・共同体の中心です。寺院や修道院が高地や険しい場所に建つのは、俗世から離れて心を整え、悟りへ近づくという象徴的な意味があるとも考えられています。また、自然素材を活かし景観に溶け込む作りは、「自然と共に生きる」という価値観にもつながります。修道院とゾンは、ブータンの文化と国家のしくみを理解するうえで欠かせない存在です。

今回の支援先は、ブータン王国の極東、タシガン県にある「サクテン村」です。
サクテンとは「竹畑」を意味します。サクテン村のある地域は、自然保護区として、ユネスコの世界遺産に暫定遺跡として登録されています。イエティ(雪男)の伝説が残る地として、世界に知られています。
サクテンは、西部の首都ティンプーに対して極東に位置するため、パロ国際空港から国内線でヨンプラ空港まで行って、タシガンの町から、移動となります。タシガンから、車で6時間ー8時間かかります。
サクテン村の人口は、約3000人です。伝統的なサクテン村の人々は、高地の遊牧民で、ヤクの放牧により、ミルクやチーズを作り、タシガンの村でお米や塩などの生活必需品と交換する生活を行っていました。
昨年(2022年)に、自動車が通れる道路が整備され、電気が普及しました。それまでは、馬などの移動が主な方法だったそうです。夜も灯油や竹の油でランプをともす生活でした。山を降りるための移動手段としては馬が利用されていました。大切な家畜であるヤクは、高地の生物で暑さに弱いため、移動には不向きです。


現在は、電気のお陰で、インターネットも普及し、お米や塩を扱うお店もできたそうです。学校や市役所、病院( 婦人科、小児科 )、警察もあり、少しづつ便利にはなっています。ただ、病院の先生や設備も不足していて、出産時に十分なケアが受けられず、亡くなってしまう方もおられるそうです。
サクテン村では、高校に行くにしても、働きに出るにしても14歳前後で親元を離れる子供が多く存在します。
サクテン村の小学校は8年制で、卒業したらタシガンなどの学校( 高校や大学 )に行きます。サクテン村からは遠い寮のある学校に入るため、1年に2回くらいしか会えない生活になります。
授業料が支払えなかったり、親への仕送りを行うために、小学校を卒業したらすぐに働く子供も多いそうです。最近は、オーストラリアに出稼ぎに行く若い世代が増えているそうです。
小学校の授業料などは無料ですが、制服や教科書、文房具類などは、自分で支払う必要があります。現金がなく制服や文房具などを変えない家庭も多く、結果として小学校にさえ行くことを断念し、親の手伝いや出稼ぎに行く子供もいます。
今回のレポーターのレキさんは、サクテン村の出身で、弟さんは村で唯一のお店を運営されています。また妹さんは小学校の先生です。
サクテン村への日本からの支援品の配送は、タシガンまでしか届かず、郵便局の局止めとなります。郵便局からサクテン村までは、レキさんの弟さんに車で運んで頂きます。
支援品は、レキさんのご兄弟を通じて、村の人々に平等に配布されます。学校にいけない子供達や、生活が大変なお年寄りには優先的に配布されています。



鉛筆、ノート、下敷き、消しゴム、定規、色鉛筆、クレヨンなどの筆記用具(文房具)は、子供達への支援としてとても喜ばれます。
どこの国でもそうですが、文房具やランドセルをもらった子供たちは、勉強したい、学校へ行きたいという意欲が強まります。学校でしっかりとした知識をつける事は、その子の将来の仕事に繋がり、その国の将来にも繋がります。
使いかけの鉛筆、クレヨンなど、日本では捨ててしまうものでもサクテンではありがたいと、喜んで使って頂けます。
中古の使いかけの文房具でもごみにしないで、困っている子供たちに送る事で、ごみを減らし子供たちの学習意欲の向上と、勉強する環境を支援することができます。

レインコート、長くつ、手袋などの雨具、防寒具もとても喜ばれます。
高地での生活の必需品です。サクテン村の人たちは、大人も子供も長靴を良く履いています。雪でぬれず、暖かい長くつは生活必需品です。冬はとても寒いので、手袋や靴下も、大変役に立ちますし喜ばれます。
あまりレインコートが出回っていないので、雨や雪が降った時に着れるレインコートがあれば、自分も筆記用具やノートも濡れずに学校にも行けます。

寒い時期が多いので、暖かい服も大変喜ばれます。大人も子供も喜んでくれます。
現在は、ブータンへは未使用の服品のみ送れます。古着は、政府の方針で送る事ができません。なので、未使用で袋入りの衣料品や、タグ付きの洋服やインナーのみ、支援品として送る事ができます。特にヒートテックなどの防寒インナーは、薄手で暖かく、かさばらないため沢山送れますので、とても喜ばれます。
洋服以外の、カバン、帽子、靴、レインコートなどは、中古でも問題はありません。
長い船旅の途中で、文房具や楽器などが破損しないように、段ボールの中での緩衝材としても洋服は使えますので、色々な意味で貴重です。

ピアニカ、縦笛、カスタネットなどの楽器はとても喜ばれます。電力が要らないピアニカは、特に多くの海外の国で、子供たちに喜ばれる商品です。
音楽や数学は、世界共通言語だと良く言われます。人種や民族、宗教や言語、年齢や性別が異なっても、音楽を良いと思う気持ちでは簡単に通じ合えることもあります。
子供たちがピアニカを演奏している様子は、世界のどの地域の子供であってもとても癒されます。
もしご家庭や学校で、不用になったピアニカや縦笛などがありましたら、寄付して頂けないでしょうか?
世界のどこかで、子供たちにお届けしていきます

サクテン村では、子供たちの外遊びとして、サッカーや縄跳びなどが人気があります。
なので、サッカーボールや縄跳びなどを送ってあげると、とても喜ばれます。
ブータンは、距離的には日本からそれほど遠いわけではありませんが、直行便がなく、パル国際空港までの飛行機もバンコク経由での到着となるため、経由・乗り継ぎに時間がかかります。
首都のティンプーが、西部にあるのに対して、今回の支援先であるサクテン村は東部にある為、更に物資の輸送に時間がかかります。ブータン・サクテン村への支援の一番の課題は、物資の輸送です。
途上国への支援を行う場合に、問題になる寄付品の輸送と、安全な分配が問題になります。今回の支援先のサクテン村は、幸いなことに、レポータであるレキさんの弟さんと妹さんが住まれており、車も持っておられますので、サポート体制が整っていると言えます。
そのような状況もあり、サクテン村は、過去に何度か、鉛筆やノートなどの文房具、ピアニカや縦笛などの楽器、長靴や手袋、暖かい服などの支援を受けられたことがあります。
ここでは、支援の現状と問題点、支援の必要性などを、まとめていきます。

レキさんは、子供達への教育支援、親のいない子供達への支援、働き先の少ない高齢者の支援、サポートが十分ではない病院の代わりに介護用品などでの支援などを行いたいと思っておられます。
子供達への教育支援
筆記用具を中心とした文房具や、安心して学業に励むための衣料品( 暖かい服やレインコート )、情操教育に必要な楽器( ピアニカ、縦笛など )を、支援する事で、ブータンの将来に大切な子供達への教育支援を行いたいと思っています。
12歳くらいで働きに出る子供や、国内の就労先が少なくオーストラリアなどへ出稼ぎに出る若い世代がいます。子供の学力を上げていくことは、将来のブータンの経済活性化への基礎の力になります。
親のいない子供達の支援
病院などのサポートが不十分であるため、出産時の事故や病気・けがのサポートが十分に受けられず、片親しかいなかったり、寮親ともに居ない子供たちが常にいます。
施設などはないため、そのような場合、親戚の家で暮らしたりしますが、制服を買う費用が無かったりして、学校に行くことをあきらめてしまう事があるそうです。
そのような子供たちに、制服や学用品、カバンや衣料品をサポートしてあげる事で、頑張って勉強しよう!という意欲に繋がる事を、期待しています。
高齢者の支援
サクテン村の人たちは、ヤクの放牧などを中心とした1次産業を伝統的に行い、町で食べ物や生活必需品に交換する生活を行って来られました。現在は、町で働く人も増え、仕送りで生活する人も多いですが、身寄りも少なくヤクも手放してしまった高齢者の方々は、生活する手段がありません。
福祉施設もなく、国の援助も届きませんので、村のみんなでサポートしていますが、裕福な生活の中でサポートしている訳ではありませんので、誰もゆとりはありません。
衣料品や生活必需品、食べ物などのサポートがあれば、高齢者の方々の助けになります。

レポーターのレキさんは、ご自分のできる範囲でサクテン村へのサポートを行われてきましたが、レキさんの住む松山市のNPO法人アジアキッズケアさんとの縁がきっかけで、何度かアジアキッズさんからの支援を受けられています。
鉛筆やノートなどの文房具、ピアニカや縦笛などの楽器、長靴や手袋、暖かい服、体操服など、アジアキッズさんの支援でサポートを受けました。
その中で、支援品が現地でとても喜ばれる事、継続支援が必要であること、支援物資がまだまだ不足している事など、色々な課題も明確になってきました。
一度に送る事の出来る段ボールは、5-6箱であるため、支援品の物量が足りません。村には3,000人が住み、学校には子供が300人いますので、支援品が常に足りない状況です。
サクテン村に荷物を送る為には、近くのタシガン県の湯便局で荷物を預かってもらい、その荷物を4-5時間かけて、弟さんが車で取りに行く必要があります。そのため、一度に送れる荷物は、車に乗せる事のできる量までとなります。
できれば、年に3-4回でも荷物を送れたら、もう少し支援品が行き渡るので、定期的な支援を行えることが目標です。
ブータンに訪れた際に、気が付いた事、知っていると便利なことなどを、まとめています。
また、GNH、王政、チベット仏教、タクツァン僧院(虎の巣)などの知っておいて頂きたい用語なども解説しています。
ブータンに関するセカンドライフの寄付レポートです。
お住まい : 日本愛媛県松山市
18年前に来日して子育てを行いながら、現在も四国の松山市にお住まいです。日本からブータンの支援活動を行われています。
ホームページ : https://goodlife-npo.org/
NPO法人グッドライフは、不用品のリユースを通じて、世の中の課題解決を行う事を目的としたNPO法人です。不用品を笑顔につなげるためのサービス、セカンドライフ、にこっとを運営しています。「寄付の見える化」に挑戦中です!